億の予算が出せる通信事業者なら、WDMシステムを買えば400ギガ光伝送はすぐにできる。しかし、それがない人は知恵を使うしかない。400Gbpsの新技術を触ってみたい人、やってみたい人が機材と技術を持ち寄って始めたのがこのプロジェクトだ。
2022年春、KADOKAWA Connectedやブロードバンドタワー、IPA(情報処理推進機構)、スイッチメーカーのRuijie Networks等が、DCIへの400Gbps光伝送の導入を目指して共同実証をスタートさせた。複数企業の“連合体”で始めた意義を、KADOKAWA Connected InfraArchitect部 部長の東松裕道氏は冒頭のように語る。
KADOKAWA Connected InfraArchitect部 部長 東松裕道氏
若いエンジニアにエンターテイメントを提供したい
本実証の中身は、まさに“チャレンジづくし”と言えるものだ。垂直統合型のWDM装置を用いるのではなく、データセンタースイッチに「400ZR」規格の光トランシーバーを組み合わせたディスアグリゲーション型のWDMシステムをDCIに適用するのが目的。しかも、スイッチメーカーの純正品ではないサードパーティ製の光トランシーバーを使用する。
400ZRは業界団体のOIFが「OIF-400ZR」としてメトロDCI向けに2020年に規格化したもので、現状では商用実績はほとんどない。約5年前から自社データセンターでサードパーティトランシーバーを活用している東松氏のチームにとっても難易度は高い。「データセンター内の400GbEと400ZRはまったくの別物。最難関の技術だ」
それでも、ディスアグリゲーション型のWDMシステムで400ZRの商用化に挑むのには理由がある。
1つはコスト。WDMシステムはトランスポンダー、フィルター(Mux/Demux)、アンプの3要素で構成される。このうちコストの大半を占めるトランスポンダー部分を「スイッチ+光トランシーバー」で代用できれば劇的なコスト削減が可能になる。垂直統合型のWDM装置で2拠点をつなぐ場合、100G当たりのコストは「かなり絞っても300~400万」だが、本実証では「数十万程度でやっている」。
もう1つの理由は「人材への投資」だ。エンジニアの獲得が非常に厳しい状況にある中、「その人達にエンターテイメントを提供し続けることが僕のミッション。新しい技術、カッティングエッジな技術に触れる機会を作ることで、エンジニアの成長と喜びにつなげたい」と東松氏は狙いを話す。
メーカーもユーザーも同じエンジニアとしてつながる
冒頭でも述べた通り、本実証には複数の企業・団体が参画し、「トラフィックジェネレーターやテスター等の高価な機材を持ち寄って検証・開発を進めている」。1台で数千万円もする機材も少なくないが、連合を組むことで充実したテスト環境が実現できているという。中には、負荷テストに欠かせないトラフィックジェネレーターを自作した猛者もいるというから驚きだ。
本実証の詳細は、2022年7月13日に開催された「JANOG50 Meeting」(北海道函館市)で発表した。東松氏・髙木氏のほか、ブロードバンドタワーの西野大氏(左から3番目)、マクニカの磯野健二氏(左から4番目)、IPA/ソフトイーサの松本智氏(左から2番目)が登壇。「できるのか? 400G光伝送?」と題して、実証の成果をJANOGerと共有した
これに加えて欠かせなかったのが、「我々と一緒に肩を組んでくれるスイッチメーカー」の存在だ。「世に出たばかりの技術だけに、商用まで持っていくには開発が必要。二人三脚で開発・検証に取り組んでくれる、信頼できるメーカーが必要だった」
名乗りを挙げたのが、スイッチメーカーのRuijie Networksである。トランスポンダー部に同社の400GbEスイッチ「RG-S6580」(図表1)を使用。サードパーティ製光トランシーバーと、複数メーカーのフィルター、アンプ(EDFA+)を組み合わせてWDMシステムを構成し、KADOKAWAグループオフィス拠点とデータセンターをダークファイバーで接続して図表2のような環境を用意。2022年4月からテストを開始した。
図表1 RG-S6580-24DC8QC 仕様
実証環境は、商用稼働時の状況に近づけるため、検証用ファイバーと商用の長距離ファイバーを組み合わせ、かつ極めて減衰量の多い状態を作っている。400Gbps光伝送の限界値を見極めるのが狙いだ。数週間にわたり大容量トラフィックを流し続けるヒートラン試験も実施。計4台の400ZRトランシーバーを使い、2経路で合計800Gbpsの伝送に成功した。なお、本実証では400ZRより伝送距離が長い「400ZR+(OpenZR+ MSA)」の検証も行っている。
図表2 400G-ZRの性能評価・試験環境の構成図
参画企業がテスター等の検証機材を持ち寄り、400Gbps光伝送の実証を行っている
この成果そのものが日本初であることに加えて、本実証の環境にはユニークな点がもう1つある。Ruijie Networksも、光トランシーバーを取り扱うマクニカも含めてすべてのメンバーがリアルタイムで検証に参加していることだ。InfraArchitect部0課 課長の髙木萌氏によれば、「Slackで情報を共有しながら、オンラインでもオフラインでも議論し合いながら問題を解決している」。
KADOKAWA Connected InfraArchitect部 0課 課長 髙木萌氏
検証結果はメーカー側にフィードバックされ、機能の改善や追加に活かされる。そうした開発の過程に関われることも、参加しているエンジニアには貴重な経験になっているという。「全員が同じ目線でフラットにつながっていて、製品を買うだけの立場では目にすることができない作業も体験できている。何か問題が起こっても、いちいち窓口を通してメーカーに問い合わせなければならない『やりづらさ』は、ここにはない」と髙木氏。エンジニアの育成面でも間違いなく果実を得ているようだ。
実証は、伝送性能と限界値を見極める第1段階が終わり、7月から本格運用を想定した第2フェーズに移る。その後、「Ruijie Networks側での開発と、我々も商用稼働を見据えた訓練等を経て、2023年の夏には新規データセンターとの接続に導入したい」と東松氏。その知見とノウハウは、ネットワーク運用者らが集うJANOG等で公開・共有する考え。国内のネットワーク業界にとっても貴重なものとなるはずだ。